最終日にも出品者からお話を伺うトークイベントがありました。
その報告も兼ねて、いくつか出品物をご紹介します。
●まずは広瀬勉さんの包丁と俎板。(所有年数/31年)
19歳で名古屋から東京に出てくるときに持ってきたもの。包丁はいわゆるペティナイフというやつでしょうか、よく磨いであり実に使い勝手がよさそうですが、つい最近柄の部分が折れてしまいました。
お母さんの手により趣味の鎌倉彫(?)が施された林檎形の俎板は、近頃は鍋敷きとして使うことの方が多いとか。広瀬さんのバー「鳥渡」へ行けば、使用中の姿を見られるかも知れません。
出品者お手製の台には鏡が付いていて、包丁による使用痕も確認することができます。
●大学生の朴秀太さんは、1歳の時の靴。(所有年数/18年)
本人の記憶にはないけれど、お母さんがこれを処分しようとしたとき、まだ幼かった朴さんはなぜか強く抵抗したのだそうです。そのまま部屋の片隅にしまわれ、とくに意識することもなく18年を経て、この機会にこうして披露されたというのもなんだか不思議なものです。
1歳にしてはかなり靴底にすり減った跡がありますが、朴さんは立つのも歩くのも早かったらしいです。
●関根正幸さんは短波放送を録音したカセットテープ。(所有年数/37年)
試しに再生してみると、ノイズのかなたに辛うじて聞き取れる音楽と声はオランダからの放送。まだインターネットもなかった70年代のもので、幽けきその音に異国情緒をかき立てられます。世界各国の短波放送の冒頭部分をまめに記録してあって、さすが記録魔の面目躍如といったところです。
●石ノ森里美さんは雛人形。(所有年数/50年)
地下室へ降りると、まずこの雛人形がとっつきのスペースに置かれていて、来場者の目を引きました。木目込人形といわれるもののようで、お姉さんが2歳のとき購入し、その後譲り受けて、現在は高校生の娘さんが大事に飾っているとのこと。面白いのはガラスケースが元の物ではないそうで、それにしては誂えたようにぴったりと収まっています。
石ノ森さんには今回搬入・搬出で大変お世話になりました。
●日本に在住30年のエザール・ドミニックさんは、祖母から譲り受けた裁縫箱。(所有年数/50年くらい)
もともとはピルケースで、百年ほど前のアンティーク。
ドミニックさんは、今回出品するにあたって書いたテクストを仏語と日本語で朗読してくれました。それはこの裁縫箱を語り手としたモノローグで、漱石の猫を思わせるエスプリのきいた楽しい内容でした。
仏語には「De Fil en Aiguille」(直訳すれば「糸から針へ」)という慣用表現があって、「いつのまにか」という意味になるそうです。
その他、変わり種の出品物をいくつか。
●武盾一郎さんは箪笥の引き出し。(所有年数/40年)
参加を打診したとき、一番古いのは箪笥だけれどさすがに持っていけないと仰るので、では引き出しだけ一つ出してくださいと頼んだら、本当に持ってきてくれました。
おまけに、引き出しが一段欠けたまま暮らす自分の状況を含めて、これを5万円で売りたいとのこと。なんとか売りさばいて武さんを困らせてみたかったのですが、残念ながら買い手はつきませんでした。
●木村敬三さんの出品物はお父さんの日記帳。(所有年数/65年?)
この日記を書いた木村謹治さんは著名なドイツ語学者で、日本で最初の和独辞書を編纂した方として知られています。
謹治さんが22歳くらいの明治45年の1年間に綴られたもので、「鐫まれたる心の痕」と題され、しっかりと革で装丁されていて、資料的な価値も高いのではないかと思われます。
本当は出品物をすべて紹介したいところですが、このへんで止めておきます。
78人の所有者のそれぞれ固有の人生が、物を介して濃厚に感じとられ、想うところは多かったものの、その妙味や感銘を簡単には云いあらわせそうにありません。
予想していたよりもはるかにおもしろい展覧会となり、ご協力賜った皆様には心よりお礼申し上げます。
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