おかげさまで「影炎 Mirages」展は無事終了。 Bar「Dungeon」も盛況のうち店じまい。たくさんのご来場ありがとうございました。
会場で配布していたテキストを掲載しておきます。
執筆はインディペンデントでキュレーションなどをされているタムラマサミチさん。
展覧会のコンセプトをわかりやすく敷衍し、よい手引きとなりました。
「ろうそくの炎はこの宇宙のあらゆる法則に結びついているといえるでしょう」
科学者のマイケル・ファラデーが1848年と1860年のクリスマスに子供たちのために行ったろうそくの炎の実験講演は、この美しい一節から始まります。ファラデーは強いランプの光でろうそくの炎の影を映し出し、そのままでは目に見えない気流を陽炎として示すことで、私たちの住む地表を包む大気の存在へと話を広げていきます。
宇宙という真空の暗闇をまっすぐに進んでいく太陽光線は、そのままでは私たちの目に映ることはありません。それはやがて惑星を覆う大気に衝突することで、私たちが仰ぎ見る空として、あるいは夜空に浮かぶ星として、ようやく私たちの目に映るものとなります。それは上空で散乱して表情ゆたかな空模様を描き、ときには水滴で分散して空に虹をかけ、またあるときには屈折を重ねて空中に幻を浮かべます。地表まで到達したそれは、その通り道に陰影を刻みつけながら世界に形を与え、さまざまな物質との反射や透過を繰り返しながら世界に彩りを添えていきます。
一億5000万キロメートル先の太陽から約八分かけて地球へと到達する光子や光波という物理現象は、その旅路の終わりのほんの一瞬に、私たちの知っている光という心理現象に変わります。それ自体は目で捉えられない光の粒子や波は、私たちが気づくよりも一足早くこの世界を構成するさまざまな物質と出会い、そこで受け止められたものが私たちの目に映る光になります。見ることがいつも新鮮な驚きに溢れているのは、私たちの手の届くこの世界のはてしない複雑さが、決して手の届かない遥か遠くから照らされた光として、そこに束の間の姿を現しているからでしょう。
この天体規模の光のドラマの舞台を新たに創り出すかのように、「影炎」展は地下室の暗闇にろうそくと電球というふたつの光源を公転する天体のように巡行させます。酸素の燃焼により自ら発生させる気流の中心で揺らぎ続けるろうそくの炎は、より強くより安定した人工光源に照らされ、ファラデーの実験のように地下室の壁に陽炎を浮かび上がらせます。この空間はまた、まだ誰も見たことのないとある惑星系の模型ともいえます。私たちはその内側と外側を自由に行き来し、立ち止まれば天動説の世界を、再び歩き出せば地動説の世界を、ともに体験することができるでしょう。
そして恒星を囲む惑星のように、その周囲には光を受け止めるさまざまな仕掛けが置かれています。あるものは大気のように光を絡めとり空間にさまざまな表情を浮かび上がらせ、あるものは物質の豊かな複雑さを通じて光を無数の彩りへと変え、またあるものは直進する光線を交錯した軌道へと誘い込み光を躍動させます。この世界を駆け巡る光線に一定の姿を与えるそれらはいわば光の器といえるものでしょう。自然界にはないユニークな形で揺らめく光を受け止める光の器は、自らも揺らぐ光として、さもなければ私たちが見ることはなかった世界の姿を眼前に広げてくれます。
光と影、見えるものと見えないもの、形あるものと無形のもの、そしてそれらを密やかに結びつけているそこにある世界の広がりと奥行きを、地下室の暗闇を照らす様々な光から見つけだしていただけたら幸いです。
タムラマサミチ(TANA Gallery Bookshelf)
末尾ながら、クロージングイベントでの trio in quartet solo と舩橋陽さんの写真も。
(Photo : 関根正幸)
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